「もう相続は身内に残すだけじゃない時代ですよね」
そう話すのは、これまで1万5千件近い相続の相談に乗ってきた『夢相続』代表で相続実務士の曽根惠子さんだ。近年、身内以外への相続を望む人が増えているという。
変わりつつある相続について取材を進めると、驚くようなケースに出会った。
東京都内で会社を経営する北村健一さん(仮名=52)は京都市出身。北村さんの祖母と母親は2代にわたり、遺産のほぼすべてを地元や母校に寄付している。
「僕の祖母も母も、まだ元気でピンピンしていたころに遺言書を書いていました。遺言書は手書きするものなので、母なんか本当に笑っちゃうくらいよく字を書き間違えて、修正の訂正印がいっぱい押してありました(笑)」
祖母の無念と2億円の行方
母の祥子さん(仮名)は東京大学で教育学を学び、外資系自動車会社で働いた後、同級生と結婚。北村さんと妹を育てながら、教育関係の会社を経営していた。
「フラメンコをやってみたい」
そんな夢を持っていたが、多忙で叶えられずにいた祥子さん。58歳のときに習い始めると、すぐにのめり込んだ。60歳で離婚したことを機に、本場スペインに単身留学。フラメンコの学校で事務員として働きながら本格的に学んでいた。
11年が過ぎたある日、突然スペイン大使館から連絡が来た。祥子さんが階段から落ちて急死したという。71歳だった。自分で築いた財産を夢の実現のために使ったが、それでも亡くなったとき、遺産は土地、マンション、現金など合わせて2億円弱あった。
遺言書では京都市、京都市東山区、母校の東大に寄付する割合まで指示していた。遺骨の一部をオーストラリアの海に散骨してほしいので、その費用や葬儀代は遺産から出すなど細かく書いてあった。
「文章自体はまじめなんですよ。でも、散骨に行く人の渡航費用、宿泊費は1人分だけ認めるけど、1日の食費は日本円で5千円までとか(笑)、“なんやねん!”と突っ込みたくなるところもあって。母は関西人なのでしゃれも結構入っていて、読んでいてクスッと笑える母らしい遺言書になっていましたね」
夢半ばで急死した母の無念さを思うと胸が痛むが、本人の意思がはっきり示されていたため、粛々と手続きを進められたという。