入居者同士の性行為
認知症状の進んだ入居者同士の性行為も時としてある。性病の蔓延を防ぐためにコンドームを置いた施設もあるそうだ。人生の終盤で、そんな状況に陥る親の姿は見たくない……。だが、田口さんは続ける。
「夕方になり、日が陰ってくると、入居者たちが不穏なムードになってきます」
悲鳴を上げたり、おびえたりする高齢者が現れるのだ。そういう心の動きは伝播して、ホーム内全体がおそろしい雰囲気に包まれる。
「妄想がふくらんで騒ぎだしてしまう人もたくさんいました。私のいた施設では“悪魔モード”“神様モード”などと呼び分けていました」
悪魔モードはまさに「自分は悪魔だ」と思って暴れる状態で、攻撃的になる。その場合、職員間では
「〇〇さん、悪魔モードに入っちゃったみたいだから、今かまうと殴られるよ~!」
といったサインが出されたそうだ。では、神様モードは天使のようになるかといえば、そうではない。自身が神様になるのだ。異常に尊大になり職員に説教を始める。また自分の妄想で過去の記憶をすり替えてしまう人も。
「なぜか“私は華族の生まれで、水谷豊の元彼女”と言い張るおばあさんもいました。ドラマ『相棒』の再放送を見ながら“豊、元気そう”と微笑む姿は幸せそうでよかったですけどね」
だが、そんな平和なケースは少ない。
「1日中ひっきりなしに働いていました。人手不足で人数は足りないし、給料は安いし、とにかく大変でしたね」
窃盗、虐待が横行 公にならない怖さ
利用者側の問題はある程度致し方ない。理性を失いかけた高齢者がどうあるべきかは、他者がコントロールできるものではないからだ。自分や自分の親が入居して、あまりにも目に余る隣人がいれば、さすがに何らかの手を打ちたいと感じるだろうが。
それよりも問題なのは、利用者側ではなく、介護する側、つまりスタッフ側だ。その点が非常に深刻な状態になっている介護施設があった。
都内・社会福祉法人の特養で働いている30代の女性・Aさん。結婚を機に会社を辞め、産後の再就職先に特養を選んだという彼女の告発に、取材班はおののいた。
「私の場合、異業種から特養への転職でした。老人ホームで働く人々というのはボランティア精神に満ちた優しい人たちという印象があったのですが、働き始めてすぐに打ち砕かれました。特養内では、窃盗が横行していました」
こちらも犯罪率では23区内でも安全面でトップに位置するB区の施設での出来事。B区で生まれ育ったAさんの衝撃の日々が始まる。
目を離した隙に私物がなくなる。ロッカーに入れておいた財布から金が抜かれる。そういう窃盗事件が日常的に起きた。今までもブラック企業といわれる会社での勤務経験があったAさんだったが、“日常的に窃盗が起こる”ほどモラルが破綻した職場で働いたのは初めてだった。
「とあるケアマネジャー(介護支援専門員)は、担当しているお年寄りが亡くなると、遺族が来る前に遺品を盗んで勝手に“形見分け”をします。“今回はいい時計だった”などと無邪気に喜ぶときも。残された薬までも全部、取っていました。睡眠薬や向精神薬は自分で飲むのだと思います」