自分が自分でなくなってしまう「人生終わったな」
若年性認知症の場合、下坂さんのように「おかしいな」程度の自覚症状で受診する人はほとんどいない。
「どんな病気も早期発見が求められますが、若年性認知症に限っていえば『早期発見=早期絶望』といわれるほど、判断能力があるだけにショックとダメージが大きいんです。僕自身、当時は『もう人生終わったな』と思っていました」
厚生労働省の「令和2年度若年性認知症実態調査」によると、18〜64歳で発症した若年性認知症患者は推定で3万5700人、男性に多く、有病率は10万人当たり、50・9人。その過半数がアルツハイマー型認知症といわれている。
「父が認知症だったのでその症状は目にしていました。まず考えたのが、僕もやがて、記憶がなくなり、徘徊し、自分がなくなってしまう。そんな病気に自分はなってしまったんだ……と。仕事や、あと20年分が残っている住宅ローンをどうしたらいいのか、悶々と考えるようになりました」
もともと下坂さんは無口で人に相談せずに物事を解決しようとするタイプだった。
「僕が死んだら保険金で住宅ローンが払えるんじゃないかと、本気で自死を考えたのもこのころです」
つらかったのは、妻の佳子さんへの告白だ。
「実は受診したことも内緒にしていました。余計な心配をかけたくなかったし、何より知られたくなかった。でも、認知症の診断を受けた病院の検査依頼箋を隠していたんですが、見つかってしまい、ついに打ち明けました」
ホームヘルパーをしている佳子さんにとって認知症は身近だったが、若年性認知症に関してはドラマや映画の世界で知る程度だった。また、下坂さんは悩んだ末、始めたばかりの仕事を辞める決断をする。仲間たちと設立したばかりの会社をわずか4か月で去ることになるとは……。断腸の思いだった。
「同僚は引き留めてくれましたが、迷惑をかけるのが嫌でした。認知症になった自分の姿を見られたくないという気持ちもありました。自分のプライドが傷つくことが怖かったのだと思います」