大歓声に沸いたニューヨーク公演
吹っ切れた五大さんは、長らく抱いていた夢、アメリカ公演実現に向けて動き出す。
狙いを定めたのは、ニューヨークにある『ジャパン・ソサエティ』という団体。日本の劇団やアーティストを招待している日米交流団体だ。五大さんはそこに何度も公演企画書を送った。しかし思わしい返事が来ない。
アメリカに住む五大さんの支援者が、ニューヨークで講演をする機会をつくってくれ、合間にジャパン・ソサエティを訪ねてみた。懸命に説明したが、興味を示してはくれなかった。ただ、手渡した『横浜ローザ』のDVDがのちに効いてくる。
ジャパン・ソサエティの担当者が来日した際、演出をもう少しわかりやすくしてくれないかと打診される。五大さんたちは、音楽や映像を使った演出を提案し、担当者に見せたところ、OKが出た。
最後になってセリフの中の“性の防波堤”という言葉を削除できないかと要求がきた。
「(娼婦というのは)米軍兵士の相手をして日本の女たちを彼らの欲望から守ってきた人たちです。貴方がたは性の防波堤です」というセリフだ。これは素直に引き下がれない問題だった。検討の結果、台本の中で“性の防波堤”が出てくるセリフの場所を変えてゴーサインが出た。
2015年4月25日、ニューヨーク公演当日。会場の260席は完売だった。幕が上がる数十分前のこと、五大さんが「少し一人にして」と言って暗い部屋に入った。
「震えが止まらなくなったんです。娼婦になった女の物語が、戦勝国アメリカを責めることにならないか。怒りを買わないか。どんなリアクションがあるか怖かったのです」
それは杞憂に終わり、2日間の公演は好評だった。特に2日目はスタンディングオベーションとなり、「ブラボー、ブラボー!」の声がこだました。
翌朝、サプライズが待っていた。辛口で有名な『ニューヨーク・タイムズ』紙の劇評に、『横浜ローザ』のことが掲載されたのだ。3枚の写真入りで。見出しはこう評した。
〈居場所をなくした彼女にこの芝居が今、居場所を与えた〉
五大さんの仕事を身近でサポートする女優・由愛典子さんによると、ニューヨーク公演前後から、五大さんの演じるローザは変わったという。五大さんはこう言った。
「ある舞台に立ったとき、ローザの背後にいる女性たち、戦中・戦後を生きてきた女性たちの思いを感じたんです。私はその思いを取り込んで、セリフに乗せる。セリフはいつもと同じですが、ローザの背後にやってくる女性たちの声は毎回違うし、私も毎年いろいろな経験をしたり情報を得たりしているから、演じるたびにセリフの表情が違ってくるんですね。だから観客の感じ方も違うのです」
舞台袖で見ていた前出の由愛さんは、「五大さんがローザそのものになった」と直感した。由愛さんが続ける。
「初めは、メリーさんだったらどうしただろうという気持ちが強かったと思います。でもニューヨーク公演の演出を変えるため作品に向き合ったことで、五大さんがローザになったと思います」