間違えることは悪いことじゃない
2度目の挑戦を終えたとき、カナダ側で長年にわたり北極海へのチャーターフライトを行っていた飛行機会社が業務を停止した。
一方で、ひたすら氷上移動をする手法の追求への飽きなのか、北極点に今までのような情熱を抱けなくなっている自分もいた。
そこで目を向けたのは、北極探検の歴史に幾度も登場するスミス海峡を単独徒歩で渡ること。そのルートは非常に難しく、多くの犠牲者を出した例もある。そこで、過去10年以上にわたってためている衛星写真を睨み、どのような理由で結氷し、いつ解氷し、最新の状況はどうなっているかを観察した。
「それまでの経験、ルートの状況、氷の状況といった材料を総合的に見て、あそこの海峡はこんな感じだろうから、トラブルが起きたらこう対処しようと何度も頭の中でシミュレーションするんです。すると、このルートは自分の射程圏内にあるというのがわかってくる。『今の自分なら行ける』と思いました」
2016年、カナダ最北にある人口100人ほどの集落・グリスフィヨルドに降り立った。そこからグリーンランド最北の村・シオラパルクを目指す。
狙った進路から外れないよう何度も手書きの乱氷地図を確認しながら進む。それでも、下りてはいけない斜面を下ってしまっていたことがある。上り返せば倍以上の時間がかかるし、無理をすればそのまま下りられなくもなさそうだった。しかし、荻田さんは、ここで元来た道を戻ると決めた。
「慎重にいけば下りられたかもしれません。しかし、間違ったルートに来ているのに下りられたという悪い前例を残すのはよくないと思ったんです。人は楽なほうに流れてしまうもの。一度でも自分の中に無理を押し通す言い訳を作ってしまうと、結果的に自分の身を危険にさらすことになります。逆に、やり直したことに結果が伴えば、『間違えることは悪いことじゃないし、そのときちゃんとやり直すことが大事なんだ』という実例を積むチャンスになります」
徹底した自制心と観察眼を駆使し、48日目にシオラパルクに到達。こうして荻田さんは、カナダ~グリーンランド間1000km単独徒歩行の世界初踏破を成し遂げた。
この時点で15回の北極行きを経験し、北極圏を9000km以上移動してきた。その経験により、未知のルートでさえ想像できるようになってきていた。
「よく、『北極を歩いているとき、何を考えているんですか?』と聞かれるんです。それは、皆さんにとって北極が非日常だからだと思うのですが、2~3か月もいると、北極が日常になっていくんです。ですから、考えていることも日本にいるときとそう変わらない。ちょっと深いことを考えるときもありますが(笑)、大抵は夕飯や趣味、『あいつ、どうしているかな』など雑多なことを考えている。私は北極で日常を過ごしているんです」
北極のことをよく知るうちに、もう一度、知らない世界への期待を胸に旅をしたいという思いが強くなっていった。
そこで、次は未踏の地・南極点を目指すことにした。「不満がないことが不満」だからと、ソリやウエアの開発にも関わった。
「冒険家なら誰もが使うノルウェー製のソリがあるんです。高性能で申し分ないのですが、それは誰かが誰かの頭の中で作ったソリであって、私は使い心地以外は何も知らないわけです。だけど自分が開発に関われば、『ここは厚めに、このパーツは薄めに作った』といった細かいところまでわかり、道具への理解が深まる。壊れた場合の直し方もわかります。僕は、冒険の道具は身体の拡張であるべきだと考えています。だから道具は自分の脳ともつながっているべき。お金で買ってきた既製品を使うことは、他人の頭を使ってリスク回避するのと同じですから」
2018年1月5日、荻田さんは、南極点無補給単独徒歩到達に成功した初の日本人となった。