点字は読めない、犬が苦手で盲導犬もダメ…

 福場さんが来たる運命を告げられたのは、医学生のとき、眼科で研修をした際のことだった。指導医から実習で模擬診察を受けたとき、「網膜色素変性症」と診断された。これは徐々に視野が狭まり、いずれ失明に至るという、指定難病疾患だ。

 診断は当たった。その後症状は進行し、精神科の医師として勤務をしていた32歳のときに、福場さんの視力は完全に失われた。

「確かに完全に目が見えなくなったときには、『目が見えない医師なんて自分だけだ。この仕事はもう引退しなくてはならない』と思いましたし、冬の北海道の地を歩くなんて目の見える人だって大変なんですから、悩むことも多かった。

 でも、僕はまったく普通の存在だったんです。病院のスタッフに調べてもらったところ、視覚障害のあるお医者さんって、もともと結構いたんですよ。皆さんそれぞれ立派にお仕事をされている。『なんだ自分、普通じゃないか』って(笑)。視覚障害がある医療従事者たちの団体(「視覚障害をもつ医療従事者の会 ゆいまーる」)もあって、そこに参加することができ、具体的な診察の仕方などを教えてもらいました。目が見えなくなり10年以上たちますが、ここまで楽しく生きてこられたのも、その後、程なく知り合えたゆいまーるの仲間たちのおかげも多分にあると思います

 そして、自分を「ダメな視覚障害者」だと笑う。

「僕は能天気なところがあって、失明するかもと言われたものの、なんとかなるだろうと備えをしなかったので、点字が読めないんです。また、子どものころから犬が苦手なので盲導犬はムリ。そのうえ白杖も、一応折りたたみのものを持ってはいますが、こちらも訓練を受けてきていないので使いこなせないんです」

文章を読み上げる音声ソフトを使って電子カルテなどを打ち込んでいる福場将太さん。学生時代からブラインドタッチは得意なので文書作成には問題はない(写真はイメージです)
文章を読み上げる音声ソフトを使って電子カルテなどを打ち込んでいる福場将太さん。学生時代からブラインドタッチは得意なので文書作成には問題はない(写真はイメージです)
【画像】「見えなくなったからこそ見えてきた」目の見えない精神科医の話題著書

 イメージどおりでない視覚障害者。それが福場さんでもあるのだ。

「確かに、多くの視覚障害者への理解を深めるためには、僕も犬と仲よくできたほうがいいし、点字も読めたほうがいい。杖も使えたほうがいい。でも、こういう人もいる、世の中にはいろんなケースがあるということを伝えていきたいですね」

 本書は、確かに感動する言葉が多分に詰まった一冊ではあるのだが、時折挟まれる福場さんの人柄がにじみ出たユーモアセンスに、思わずクスッとしてしまう場面も多い。

 例えば、「サラダ油と間違えて台所用洗剤で目玉焼きを焼いてしまい、脅威の味にのたうち回った」「買い物に付き添ってくれる友人に策略でスイーツを買わされる」なんてことも。

「あんまり悲劇的な考え方をする人間ではないんですよ。毎日を楽しく暮らしたい、というか、楽しいことを見つけるのが好き、っていうタイプなんですね。昔から」

 そんな生来の性格もあるのだろう。綴られていく日常と思いは、目が見えなくなっていく自分、そして目が見えなくなってからの自分について、まるで第三者のように淡々と観察しつつも、新たな発見があったことにその都度、心から喜びと感謝を感じているかのようだ。