「ある日突然真っ暗になったわけではなく、ゆっくりゆっくり進んでいく病気だったのが、ありがたかったですね。もともとブラインドタッチは得意だったので、PCに読み上げ式のソフトを入れていますが遜色はありません。病院では電子カルテを入力するのですが、スタッフさんたちが僕のために業者さんと打ち合わせをして、うまく入力できるようにしてくれましたしね」
患者さんたちには、むしろ自分が「救われている」とも。
「本当に優しくて、物を拾ってくれたりなど、診察室で僕が手助けしてもらうこともよくあります。若いころは、お医者さんが患者さんに助けてもらうなんて情けない……なんて思っていたこともありましたが、今は感謝しかないですね。診察中にしょっちゅう『ありがとう』って言っています。しかも患者さんって、患者であることに虚しくなったり惨めな気分になっていたりするじゃないですか。そんなときに医師である僕に『ありがとう』って言われると、指導される側に感謝されたというので、すごく喜んでくれるんですよね」
見えてきた「声」
患者さんたちとは、診察中に世間話をすることが多いという福場さん。
「話が盛り上がってしまい、患者さんから『診察は?』なんて聞かれることも。でも、心の医療としては、世間話をしてくれるようになったというのは、とても大切なことでもあるんです」
周囲への感謝の心も「見えてきた」ものだと語る。
例えば、今回の書籍の表紙。人気イラストレーターでもある芸人の鉄拳さんによるものだが「周囲からとても評判がいいんです。でも、僕には見えないんですけどね(笑)。発売前に担当編集者さんから『表紙はこんな感じです』と見本のデータがメールで送られてきたんですが、『見られないんですけど』という(笑)。また、文章の配置も、僕が愛してやまない推理小説の本のように、結論は次のページ……という箇所があるそうなのですが、これも見ることができない。でも、ここまで僕のためにたくさんの人が関わって、動いてくれたということは『見える』。本当に感謝です」
そしてもうひとつ、見えてきたのが「声」だという。
「目が見えない僕にとって、人に対する第一の情報源が声ですから。その声を頼りに全集中し、頭の中でイメージをつくり上げています。僕にはその人の見た目はどうでもいいことなので、その声で、心の年齢をベースにして人間性を判断していますね。わりと正確だと思いますよ。ちなみに、声にはいろんな情報も含まれていますから、気をつけてくださいね。浮気など、やましいことをしている人は、声を聞いただけで僕はわかるんですよ」
え、本当ですか?
「ふふふ……詳しくは語りませんが(笑)」
どんなときでもユーモアを忘れない。そんな多面体の魅力が、福場さんのしなやかさの源なのかもしれない。
福場さんは、「今回の書籍が、楽に生きられるヒントのひとつになれたら」と語る。
「僕は精神科医である前に、一人の人間です。そして、視覚障害者です。人にはいろんな一面があって、いろんな可能性があります。『見える』とは、『視点を変える』ということだと思います。この本がみなさんにとって、今までと違う視点が持てる、心の処方箋となってくれるとうれしいですね」
取材・文/木原みぎわ