俺、いつも1年生だから
今回、取材をした関係者の言葉もそれを物語る。甲山シェフは、昨秋の台風のあと被害を心配し、店のスタッフと駆けつけたという。
「野菜が浸水したと聞いたので何か手伝えないかと。浅野さんは、実家のおじいちゃんみたいな存在ですから」
佐藤シェフは「妻と結婚する前から、デートは浅野さんの畑でした」と振り返る。
スペインの二見さんも帰国するたび、畑を訪れるという。
「4歳の娘は、浅野さんを『畑のおじいちゃん』と慕っていて、孫のように可愛がってもらっています」
浅野さんがしみじみと話す。
「みんなの顔を見るのが、俺のいちばんの活力。本当の孫や息子みたいに思ってます」
これからの目標を尋ねると、「今を一生懸命に生きるだけ」と短く答え、「俺、いつも1年生だから」と、無邪気に笑う。
17歳から農家として働く大ベテランでも、天候などに左右され、必ず理想の野菜が作れるとは限らない。そう考えると、まだまだひよっこという意味だ。
そして、もうひとつ。これが、浅野さんらしい。
「1年生になるときって、ドキドキ、わくわくするでしょ。これから何が始まるのかって。それと一緒。俺、毎年、5種類は新しい野菜を植えるようにしてるんだけど、こいつらがどんなふうに育つのか、何とも言えず、楽しみなんだよね。この気持ちが枯れない限り、続けていこうと思ってる」
そう話す顔は、まるで少年のように見えた。
◇ ◇ ◇
2月の取材から1か月半後、再び浅野さんに連絡をとったところ、新型コロナウイルスの影響で、レストランからの注文が軒並みストップ。収入が激減しているという。
しかし、打つ手なしかと思いきや、持ち前のバイタリティーは健在だった。
「農園に研修で来たり、いつも遊びに来ていた女性たちが、レストランからの注文が減ってるんじゃないかと心配して連絡をくれて。その可愛い娘たちが、『自宅で食べるから送って』と、宅配のとりまとめをしてくれたんだよ。ほんとうにありがたい。感謝の気持ちを込めて、とれたての野菜セットを発送してる。ウイルスに負けず、なんとか乗り切りたいと思ってる」
ピンチになったとき、救いの手が差しのべられるのは、浅野さんの人徳だろう。新型コロナウイルスが終息に向かい、レストランで浅野さんのおいしい野菜を楽しめる日が来ることを願ってやまない。
取材・文/中山み登り なかやまみどり ルポライター。東京都生まれ。高齢化、子育て、働く母親の現状など現代社会が抱える問題を精力的に取材。主な著書に『自立した子に育てる』(PHP研究所)『二度目の自分探し』(光文社文庫)など。