紅白舞台袖で交わしたハイタッチ

 小林がカバーしたボカロ曲の中で最も話題を呼んだのが『千本桜』だ。これは、バーチャルシンガー・初音ミクを使ってネット上で公開された曲だが、小林がカバーするやいなや、ネットユーザーのみならず、従来の小林のファンだった年配層にまで浸透。老若男女問わず愛される歌となった。横澤氏が語る。

「われわれは“ネットの世界から、もう一度紅白に”というストーリーを描きながら幸子さんとともに歩んできました。紅白出場にはさまざまな条件があるかと思いますが、無視できないほどのムーブメントを起こせば、出場の可能性は高まる。そう考えていたんです」

 その読みは当たり、'15年、NHKから「小林幸子の歌う『千本桜』をラインナップに入れたい」というオファーが届く。小林はニコ動とファンの思いを背負い、特別枠として紅白の舞台に再び立つことになった。このときの小林の喜びようを横澤氏はよく覚えている。

「幸子さん、泣いていたんです。『私が紅白に出られることがうれしいんじゃない。ニコ動を背負わせてもらえるということが本当にうれしいの』と」

2015年、ネット世代の新たなファンたちの声援(コメント)を背に紅白で『千本桜』を熱唱
2015年、ネット世代の新たなファンたちの声援(コメント)を背に紅白で『千本桜』を熱唱
【写真】頭にバンダナを巻き、「コミケ」に参加した小林幸子

 大みそか、視聴者のコメントが流れるLEDパネルを背景に、小林は堂々と『千本桜』を歌い上げた。NHKホールに足を運んだ横澤氏も万感の思いがこみ上げたという。

「ステージに出ていく幸子さんを舞台袖でハイタッチして見送ったのですが、そのときの晴れやかな笑顔は今も目に焼きついています」

「挑戦」を後押しした夫の言葉

 小林が新たな挑戦を続けることができた理由のひとつに夫の存在がある。長年独身を貫いてきた小林だったが、知人を介して知り合った8歳下の実業家・林明男氏と'11年に電撃結婚を果たしている。

通りすがりの女性に話しかけられると、自ら近づいていって丁寧にお礼を言っていた(衣装協力:ABISTE) 撮影/伊藤和幸
通りすがりの女性に話しかけられると、自ら近づいていって丁寧にお礼を言っていた(衣装協力:ABISTE) 撮影/伊藤和幸

夫がよく言っている言葉に『思い込みを捨て、思いつきを拾う』があります。彼は再生医療に関する事業を行っているのですが、医学の進歩にはこれまでの常識にとらわれない発想も必要。そのため、新しい思いつきを大切にするという精神を忘れないようにしているそうです。

 この言葉は、とても心に響きました。“自分は演歌歌手だから”とか、“もうこの年だから”などと思い込みで自分の枠を自分で狭めるのではなく、思い込みを取っ払って、新たな自分を見つけてみたいと思うようになったんです」

 結婚の翌年に勃発した事務所騒動の際も、夫が大きな支えになってくれたという。

「芸能界のことしか知らない私にとって、まったく違う世界で生きてきた彼の助言はとても心強かった。心ないバッシングを受けて落ち込んだ時期もありましたが、人の批判を気にして落ち込んでいる時間がもったいないと思えるようになったんです」

 互いのパートナーも交えて4人で食事する機会があるという友人の夏木マリが、夫といるときの小林の様子を明かしてくれた。

「お2人の旅の話などを聞かせていただくとこちらも幸せな気持ちになります。“姫”が、ご主人の話を聞いているところは、とても可愛らしいんですよ」

 さだまさしもユーモアを交えて次のように語る。

「さっちゃんは男に興味がないのかと思っていたら、忘れたころに結婚したので驚きました。例のあの騒ぎのことも支えてくれる人があったから耐えられたのだと思います。明るさに一分の隙もなくなり、人柄も衣装以上にさらに大きくなりました(笑)」

 結婚して本当によかった。インタビュー中、小林の口から出たこの言葉が、何よりも彼女の心が夫の存在によって満たされていることを物語っていた。