自分が行かないと同僚が行かされる
男性は、部屋ではおとなしく介護を受けるが、浴室に行くと毎回、態度が豹変した。浴室は、同居している妻に会話が一切聞こえないからだ。
男性のセクハラは言葉だけにとどまらなかった。
「そのうち胸やお尻など身体のあちこちを触るようになって……。正直、触られちゃダメな部分は全部触られました。私の手を無理やり自分の陰部に持っていったり、強引にキスしようとしたりしたこともありました。でも、へたに抵抗してケガでもされたら、私の責任問題になってしまいますし、浴室という2人だけの空間なので周りに訴えても、本人に否定されたらと思うと、どうしたらいいかわかりませんでした」
男性は、入浴介助のたびにやりたい放題だったが、高橋さんは新人だったこともあり、なかなか上司に言いだせなかった。
「自分が行くのを拒否すれば、同僚の同年代の女性が担当になる可能性があったので、なんだかそれも申し訳ない気がして……。結局、半年以上、その男性の家に通いました」
男性を担当した日は、自宅でお風呂に入ると思い出して気分が沈み、夜は決まって眠れなかったという。高橋さんは、ヘルパーという仕事に疑問を感じるようになり、事業所を退職。いまは介護現場から離れ、別の仕事に就いている。
セクハラ被害から数年たつが、まだ当時の恐怖心は消えず、インタビュー中も時折言葉を詰まらせた高橋さん。
「人の家に行くのが怖くなってしまったので、もう在宅介護の仕事はできないです」
嫁いびりのようなパワハラで離職
セクハラだけでなく、高齢者によるパラハラにあうヘルパーも多い。結城さんによれば、「水持ってこい!」や「オムツ交換ヘタクソ!」など、高齢者がひどい暴言を吐く事例がある。身体が思うように動かず、気持ちに余裕がなくなることはある程度理解できても、暴言は許されるものではない。
また、言葉のパワハラで目立つのが、言っている本人はまったく自覚がないのに、ヘルパーが精神的に追い詰められて、心が折れてしまうケースだ。
結城さんのもとに寄せられた相談事例を紹介しよう。
当時85歳のひとり暮らしの女性は要介護の認定を受けていたが、認知症などはなく、しっかりしていた。
週2回、ヘルパーに買い物や掃除、洗濯などを依頼していたが、女性は「大根の選び方がなっていない。野菜の選び方も知らないの?」「肉はもっと赤みのあるものを選んで」「あなたも主婦なんだから、スーパーの品選びくらいできるでしょう」と、頻繁に文句を言ってきたという。
ヘルパーは30代前半の独身女性だったが、「たびたびの小言に耐えられない」と悩むようになり、ヘルパーを辞めてしまった。
「このケースでは、世代間ギャップが原因のひとつだと思います。おそらく85歳の女性は若いころにお姑さんなどに同じような小言を言われてきた経験があるのでしょう。でも、いまの40歳以下は核家族が浸透している世代で、そういう経験はあまりない。高齢者がそれほど気にせず言った言葉でも、若いヘルパーにとっては精神的なダメージが大きい場合があるのです」(結城さん、以下同)
また、言葉ではなく、直接的な暴力被害にあうことも。認知症の高齢者の介護では、殴られる、噛まれるなども珍しくない。
「もちろん、プロの介護職として、認知症高齢者への対応は想定していますが、それでも被害にあえば、恐怖や怒りの感情が湧きます。どこからがハラスメントなのか、定義が難しい面はありますが、認知症など特別な理由がなくても『やってもらって当たり前』という気持ちから威圧的な態度になる利用者は多い。やさしい利用者もたくさんいますが、理不尽な人が一部でもいれば、ヘルパーのモチベーションは下がって離職してしまいます」