異国の地で受けたカルチャーショック

東京・練馬で過ごした4歳のころ。かなりアウトドア好きな子どもだったと伊藤さんは振り返る
東京・練馬で過ごした4歳のころ。かなりアウトドア好きな子どもだったと伊藤さんは振り返る
【写真】来日したヨルダン国王夫妻の通訳も担当した伊藤さん。王妃の隣には当時の皇太子妃、雅子さまの姿も

 伊藤さんは1962年2月に総合商社に勤める父と専業主婦の母のもとに長女として生まれた。年子の弟と12歳離れた妹がいる。1歳まで大阪で過ごし、父の転勤で東京都練馬区に引っ越した。

「典型的な昭和の子どもでした。キャベツ畑に囲まれた社宅の周りが遊び場で、当時はテレビドラマの『アタックNo.1』がブームで、バレーボールに興じたりして」

 伊藤さんの人生が大きく変わったのは9歳のとき。父の駐在に伴い、ロンドンへ移り住んだ。「イギリスの庭」といわれるロンドン郊外にあるケント州の広々とした一軒家が一家の住まいとなる。'70年代初めのロンドンでの生活は、子どもの目にも豊かなものに映ったという。

イギリス・ロンドンに移り住んだ11歳のころ。日本で学んだ英語は、日本語で言えば「~でござる」のような表現で、渡英してから学び直したという
イギリス・ロンドンに移り住んだ11歳のころ。日本で学んだ英語は、日本語で言えば「~でござる」のような表現で、渡英してから学び直したという

「日本ではオイルショックの影響で、大事に使っていたトイレットペーパーやティッシュが、イギリスではやたらと自由に使えるので驚きました。お隣に年齢の近い女の子が住んでいたんですけど、お家に招かれて遊びに行くとか、お招きするとか、そういう家族ぐるみのお付き合いがあって、日本とは違うなって思いましたね」

 ロンドンに住む日本人もまだ少ない中、父親の方針で現地校に入り、姉弟は初めてのアジア人として迎えられる。

「イギリスへ行く前に英語が得意だった父から、基本的なフレーズや生活に必要な表現を教えてもらっていたので、すぐ言葉にもなじめたのですが、やっぱりうまく伝えられないというのがあって。ありがたいことに、先生が私と弟だけ、学校の周りをお散歩しながら、レッスンをしてくれたんです」

 日曜には近くの教会にも通った。それも禅寺の家に育った父にすすめられてのことであった。

「最初にミサに参列したとき、仏教と通じるものを感じました。お経を上げて、それをみんなで静かに聞いているのと似てるなと。宗教の違いはあっても、根源の祈る気持ちは一緒なんだ、とかね」

 最初はアジア人というだけで同級生からいじめにあった。しかし、意に介せず周囲と積極的に交わることで、友達も増えていった。時はイギリスロックの黄金期とも重なり、クイーンやデヴィッド・ボウイといったアーティストにも夢中になる。

「クイーンが最初にテレビに出てきたころでね、毎週木曜の夜に弟と正座をしながら、『トップ・オブ・ザ・ポップス』って音楽番組を見てましたよ!」

 異国の生活習慣や宗教、文化などさまざまな体験は、伊藤さんの少女時代に鮮明な記憶を残した。