108歳、ギネス挑戦へ

人を喜ばせることが得意で、理容師は天職。自分も、周りの人もごきげんでいられるよう努めてきた背景には並々ならぬ苦労があった(撮影/北村史成)
人を喜ばせることが得意で、理容師は天職。自分も、周りの人もごきげんでいられるよう努めてきた背景には並々ならぬ苦労があった(撮影/北村史成)
【写真】背筋をしっかり伸ばし、髪をカットする108歳のシツイさん

 シツイさんは子どもたち2人の生きざまを誇りに思っている。

「こんなに苦労した親子はほかにあんまりいないんじゃないかな。ひでちゃん(英政)は世話した以上の孝行息子になったし、みっちゃん(充子)の強さと行動力は、私の想像をはるかに超えました」

「ひるまず、羨ましがらず、争わず」。自らの経験から子どもにたびたび話してきた「3ず」の教えは、2人の生き方にも受け継がれていた。

 昨年11月、108歳の誕生日には、親子3人でお祝いをした。現在も、週に1~2人の髪を整えているという。

「ギネス登録という新しい目標ができたので、これからも仕事は続けます」

 度重なる苦難があったにもかかわらず乗り越えてこれたのは、ただひとつの言霊─召集される日に夫、二郎さんと交わした約束があったからだ。

「この子たちを、頼む」

 インタビューに答えるシツイさんの後ろでは、二郎さんの遺影が見守っていた。写真の中の夫はずっと年を取らず20代のまま。優しそうな表情を浮かべる。

「今でもね、帰ってくるんじゃないかと思っているんですよ。どこかの農家のお手伝いでもして命を延ばしてね」

 真剣な顔でシツイさんは語る。いつか帰ったときに「よくやった」と褒めてもらえるよう、今この瞬間も懸命に生きているのかもしれない。

<取材・文/西所正道>

にしどころ・まさみち 奈良県生まれ。著書に、東京五輪出場選手を描いた『東京五輪の残像』、中島潔氏の地獄絵への道のりを追ったノンフィクション『絵描き・中島潔 地獄絵一〇〇〇日』など。