父親との別れ、そして「Tomy」の誕生
新しいパートナーと暮らし始めたころ、父の体調が思わしくなくなってきていた。
「本来、家を継ぐのであれば内科医になるべきだったのですが、僕は父に内緒で精神科医になってしまいました。
父はそのころ目がほとんど見えなくなっていて、体力も落ちていた。往診の際にいろいろなところにぶつかったりしていて、実家の医院に長年勤めている看護師さんから『そろそろ戻ってきてください』と、何度も連絡をもらっていたんです」
家を継ぐことを決意し、1年かけて内科の復習をしてから実家に戻った。
「僕が診察を始める日の前に、一緒に食事をしたときの父のうれしそうな顔が忘れられないですね。結局父はすぐ現場から退いて、僕だけが診察をする形になりました。ある日診療を終えて家に帰ってきたら、いつも出迎えてくれるはずの父が自室から下りてこなくて……」
家を継ぐために戻ってきてからわずか2週間。父親はくも膜下出血で倒れ、昏睡状態になってしまう。
「1年くらいいろんな病院を転院して、毎日お見舞いに行く生活にも慣れてきたころ、亡くなりました。僕の身体は楽になりましたが、気が抜けてしまって……そんな僕を見るに見かねたパートナーが『ブログでも始めたら』と言ってくれたんです」
当時はブログの書籍化がブームで、試しにと始めてみたがアクセス数はなかなか伸びるものではなかった。

「オネエの精神科医ってキャラにして、『Tomy』という名前もそのときつけたんです。パートナーは『ジョセフィーヌ』って呼ぶことにしました。当時はオネエキャラの文化人やタレントさんがテレビで人気でしたから、オネエ言葉にしてみたらウケるんじゃないか、と」
Tomyとジョセフィーヌの日常を切り取った文章は、徐々に人気を集め、読者からのお悩み相談も始まり、アクセス数は1日6万件を超えた。そして「ゲイの精神科医Tomy」として、初の書籍を上梓する。
「本を出すという目標は達成し、その後も5〜6冊ほど依頼を受けたのですが、どれもあんまり売れませんでした」