目次
Page 1
ー ハサミは90年以上愛用
Page 2
ー 祖父の借金返済のため、12歳で奉公 ー 銀座で流行! 斬新なヘアスタイル
Page 3
ー 商売は発想力! 夜な夜な名刺作戦 ー 亡き夫に今も謝りたいこと
Page 4
ー 客を散髪中でも、息子に母乳 ー 板切れを手に泣き叫んだ日
Page 5
ー 心中寸前の心を救った夫と
Page 6
ー 商売上手! お小遣い作戦で繁盛 ー 悪事は成敗! 厳しすぎる子育て
Page 7
ー 母と娘の衝突、障害と自立 ー 充子さんは千葉の福祉施設へ
Page 8
ー 108歳、ギネス挑戦へ

 

 サッサッサッサッ……というリズミカルなハサミの音が部屋に響く。

 ここは栃木県那須郡の山あいにある『理容ハコイシ』。見事なハサミさばきを見せるのは理容師の箱石シツイさん、108歳である。あと3か月で世界最高齢の理容師としてギネスブックに登録されるという。

ハサミは90年以上愛用

長い歴史を物語るお店の看板
長い歴史を物語るお店の看板

 この年になれば腰が曲がっていてもおかしくないが、背筋はしゃんとしている。ハサミは90年以上愛用するもので、女性が持つには重く扱いづらいタイプ。だが、それを一切感じさせないのだ。

「これでいかがでしょう?」

 カットを終えると、キレイに切りそろえた後ろのラインを見せながら、にこやかに客に問いかける。その表情からは、理容師としての自信がうかがえた。

指かけがあるハサミ(左)より、「眼鏡バサミ」(右)のほうが扱いづらいが、こちらを長年愛用(撮影/北村史成)
指かけがあるハサミ(左)より、「眼鏡バサミ」(右)のほうが扱いづらいが、こちらを長年愛用(撮影/北村史成)

 今日の客は栃木県在住の根本伸一さん(80代)。テレビでシツイさんを知り、ぜひ会ってみたいと、仕事場から車を30分飛ばしてきたのが最初。この日が5回目だ。

「最初は年齢が年齢なので、どうかなという気持ちもありましたが、いざカットしてもらったら腕は確かですね。すごい。頼んだ長さよりたくさん切ってくれるんだけど、それもご愛嬌でね(笑)」

 客は遠方から来ることも珍しくない。東京、千葉、神奈川、福島などから車で来るという。みな高齢者だ。

 栃木県内では有名な百寿者であるため、町長から推薦を受け、104歳で東京オリンピック聖火リレーに最高齢ランナーとして参加。

「やると決めてからは、あれこれ考えず、日課の体操と散歩に加えて、1・5キロの重りをつけて膝から下の上げ下げをして、ひそかにトレーニングを始めました」

 当日は強い雨の中、しっかり沿道の声援に応えて完走。

 昨年は、自身の生き方を綴った『108歳の現役理容師おばあちゃん ごきげん暮らしの知恵袋』も出版した。

 理容師歴は94年になる。穏やかな表情で客と話をするシツイさんだが、波瀾万丈の人生を歩んできた。

 結婚し2人の子どもに恵まれて間もなく、一緒に理容店を営んだ夫が兵隊にとられて戦死。生きる気力をなくし、心中寸前まで思いつめた。

 だが、「ひるまず、羨ましがらず、争わず」の「3ず」をモットーに、やんちゃな息子と障害のある娘を1人で育て上げ、多くの客から愛される理容店を続けてきた。

 その復活劇の裏には、亡き夫と最後の別れの日に交わしたある約束があった。