やり場のない苛立ちにもがく彼を救った言葉
4人きょうだいの末っ子に生まれた北原には、小さいころからコンプレックスがあった。
「2人の兄と姉は、いずれも小学校のときから成績がとてもよかった。だから物心ついたころから比べられ、なおいっそう“勉強なんかするもんか”と遊びほうけるようになりました」
そんな末っ子の複雑な思いを知った両親は、「環境を変えれば、少しは身を入れて勉強するかもしれない」という親心から、北原を越境させ隣の千代田区の一橋中学に入学させた。
ところがこの中学があろうことか進学校だった。いちばん勉強のできないクラスに入れられた北原は、最初のホームルームで担任の教師から、
「君たちはほかのクラスの邪魔をするんじゃないぞ」
と言われ、ブチ切れた。
「勉強嫌いになったのは、自分のせいだということはわかっている。でも、越境入学までして“さあこれから頑張ろう”と思っている、ピカピカの1年生に向かって“人間失格”呼ばわりはないだろう」
怒り心頭の北原は、授業をボイコット。試験を白紙で出したり、窓ガラスを割ったりして先生たちの反感を買った。
さらに悪友たちとつるんで盛り場をうろつき、何度か警察に補導されることもあった。やり場のない苛立(いらだ)ちこそ、反抗期の証。だがそんなことなど言ってはいられない事態に、北原は追い込まれる。
その事件が起きたのは卒業を控えた中学3年の2学期。北原は「新聞沙汰」を引き起こして、義務教育課程にもかかわらず、まさかの退学処分となる。いったい、何をやらかしてしまったのか──。
「父の真剣(刀)を見つけ、振り回しているうちに刀の目釘が外れ、柄(つか)から抜けた刃の部分が7階の自分の部屋から街中に落ち、大騒ぎになりました。
その新聞を読んだ売れっ子漫才師コロムビア・トップ・ライトが、面白おかしくネタにして事件はあっという間に広まってしまいました」
前代未聞の不祥事に、北原を見る世間の目はさらに厳しくなった。退学処分を言い渡され、立ち直れないほどショックを受けた。
「いったい自分はなんのために生まれてきたのか。もう行き先など少年院しかないだろう」
そんな北原を救ってくれたのが母のひと言だった。
「済んだことはしょうがない。これからの人生のほうが、何倍も長いんだよ。めげることはない」
北原は驚いて顔を上げた。失意のどん底にある息子に母は笑ってこう語りかけた。
「おまえは、本当は優しい子なんだよ。花を踏むこともできなかったんだからね」
それは幼稚園のころの出来事。末っ子のため、着るものや履くものは、いつも2人の兄のお下がりばかり。ところがこの日、新品のゴム長靴を買ってもらった。
うれしさのあまり、雨上がりの空き地の水たまりにわざと入ってはしゃいでいた。その姿が母親には、道端に咲く花を避けているように見えたのだ。
「たまたま花を踏まなかっただけなのに、そんな話を持ち出して慰めてくれる母。その優しさがうれしくて涙が出ました」
両親の計らいもあり、地元の中学に拾ってもらい無事に卒業する。そして私立本郷高校にも滑り込むことができた。
捨てる神あれば拾う神あり。
──今度こそ。
そんな思いで校門をくぐる北原を運命の人が待っていた。